部屋がきれい

ここはわたしのシェルター。萌えを探求するブログです。日々について。部屋はきれいじゃないです。

XYZ 前編

25歳秋、今年の目標「投資を始める」を達成しました。

資産運用としての投資と、そして転職という投資を決断した。

今回の記事前編は転職するまでの話、次回の後編は新しい職場に決まるまでの話です。世界経済はXYZ〜😊

 

投資は何を始めたかというと、つみたてNISAと世界株で運用する変額保険です。冬のボーナスは一旦全部定期預金に入れました…こわいから…

転職して何になるかというとファイナンシャルアドバイザーになります。詳しくはこのさきの記事で↓↓

転職をきめてから世の中にあふれるお金の知識・豆知識系のニュース記事や本をよく読むようになったけど、まあホントいろんなやりかたがある。とあるやりかたを否定する人もいれば全肯定する人もいる。だから、正しさという基準ではなく自分に合っているか否かという基準で選んだらいいのかなと思ってます。

 

 

9月の終わりのこと、「おなじ会社でずっと働くのってもしかしたら面白いのか?」と思った。

3年目。あんなに念願だった昇格を果たしたのに、ずっとこの仕事を続けるのか悩んでいた。

6月にお父さんが初めて倒れた時に、マチノ家の大黒柱にならなくちゃいけない(この会社にしばらくはいなきゃいけない)と負荷をかけた。だけど9月に夢だった個展をやったことで、人生って何かの犠牲の上にしか成り立たないの?と考え始めた。この会社にずっといるのだろうか?わたしは同じことをずっとやり続けるのだろうか?そもそも働くって何?もう無理まじむりしんど、みたいな日々を過ごしてた。(悩みをこじらせる天才)

そんなときだった。営業ではない部署のいろんな先輩の対談を聞く機会があった。こんな業務もあるんだーと知り、まだいてもいいのかな、とすこし思えた。給料もいいしね。

自分の事はさておきひとのお仕事経歴を聞くの、マジ面白い。今この電車に乗ってる全員に「あんた何して生きてんですか?!」って聞いて回りたいくらい。「はたらく」とは、無職だとて日々生きているのだから、史を刻んでいることに変わりない。あなたの「はたらいた」経歴きいてみたい。ひとの日記を読むことが好き(さいあくしゅみ)なのもそのせい。働くことがもうムリムリのムリだったから、そう思えたことは光だった。

エーギョをしてみて思うこと、初めましての人と話すのは楽しい。それはわたしが楽しませているというよりか相手がそう感じさせてくれているのは大いにあるが。

学生の時は、タイプの違う人と話すのは怖かった。「あとでこう思われたら、いじめられたら、どうしよう」と思ってた。でも社会人になり、自分の中にもう1つの人格「エーギョのマチノ」が生まれた。こいつの作用で人と話せるようになった。

 

同じ時期に、本社の人事部の人と面談をした。初対面だよ。全く話したことない人が人事を決めるなんてちゃんちゃらオカシイよなぁ。人事は適性をみるプロってゆーけどいくらなんでもそりゃねーぜ、だって会社に提出するもの正直に書いてるわけがない、綺麗に取り繕ってるんだから。人事の人はそれしか見ないんだから。あ、これ就活でも同じだね。

 

町のの活動も、会社員をするマチノも、どっちもメインでいたい 。と思えるようになった。いま必死に会社員のやる気を叩き起こしてるとこ!

 

 

 

……と、思っていたけど

移ろい、翌週。「やりたくないことをやりたくない」「実家に帰りたい」の気持ちしか、なくなった。お父さんってどうして毎日仕事に行けるんだろう。責任感がすごすぎる。親だからか。親にひとつも似ずにすきあらばサボる娘なのは何なの 自分に甘いのやめられない。

きっとクビになるんだろうな、このままだと。成果を出すことに何の嬉しみも感じられない。無気力スイッチをオフにできない。

大抵の人が仕事で得るだろう脳の疲労感を、考え事だけで得られてしまうから、 仕事のストレスはいらない。どんどんヤワになる。

 

"きっとクビになるんだろうな"という思いは「仕事できねぇから捨てられるんだろうな」⇦「仕事ができないことは価値がないこと」という思考回路からきている。「わたしが仕事のできない人間なわけない」というプライドが邪魔をしてる。何もできなくたっていいのに 。部屋に飾っていた賞状をとりあえずはずした。

 

先週の研修で人事部の方がキャリアについて講義をしてくれて、唯一響いたのは「物事に決まった見方はありません。全て両極があります。」と言われたこと。その上でポジティブリフレーミングという言葉を教わった。聞いた時ひっくり返るかと思った。

それ、わたしがいつもやってるのとそっくりおんなじものだった。

CHAIのN.E.O.と同じ構造のワーク。


CHAI - N.E.O. - Official Music Video (subtitled)

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じゃあ、"仕事ができない"のポジティブリフレーミングをしてみよう。

まず"仕事ができない"を因数分解せねばならない。時間を守れないのか?書類の不備が多いのか?注意力散漫なのか?成績が伸び悩んでるのか?

時間を守れない⇨時計に気づかないほど集中力ある、 遅れないほうがもちろんいいけどマジでやばい時になんて謝ればいいか早いうちに知っとくのは大事

書類の不備が多い⇨間違えたことあれば書き方わかんない子とか後輩に教えられる 

注意力散漫⇨ほかの人が気づかないところを見れる

成績が伸び悩んでる⇨タイミングが違っただけ。

得意だからサッと出てくるわ。やっぱりどうにかして続けたいって思ってるのかな… いやいや、ポジリフ得意なだけ。飽きたというのは大変失礼だけど、ワクワクが足りない。感情を共有してゾクゾクしたい。

「三年目は楽しいよ」と言われ続けてきた。楽しいは楽しいがそれは慣れから来るものであり、充足感は足りず 。新しいことを学んで悩んでチームとかメンバーのために何かをするっていう方が好きかも。

孤高のエーギョつまんな〜😥

 

 

一発屋かも(悪い意味で)

10月に入ってもなかなか抜け出せなかった。成功体験でだめになる人間なのかな、そう思わざるを得ない。

一年間犠牲にして昇格してさ、そのとたん安心して余裕になっちゃって、役職で名前呼ばれて嬉しくて、何も手につかず。4月からずっとそうでここ最近10月はひどい。来月こそ来月こそと思えどダメだ。何が楽しくて仕事してんのかわかんねー、もうこの業に関わるのが無理かも

個展楽しかったなあ。日々の唯一の光だったのに失われてしまった。きっつ。個展終わってからごまかしが効かなくなって、背けていたものと向き合わなくてはならない時間を過ごしている。吐きそう。

会社に行きたくなくて涙を流した月曜日。ルムメと一緒に転職計画を考えた。「次の夏ボーナスもらって辞めて、失業手当もらってから就活しても遅くねぇ」とか「正社員でやりたいことあるの?フリーターでも良くない?」とか。話し合ったことで、終わりの希望やはじまりの希望が持てた。

部屋に飾っていた賞状をはずしてみたが、いまのところあまり効果なし。

鬱なのかこれは。いや違うただの無気力。死ぬ勇気はなし、恥ずかしいからいっそのこと消えたいけど、そんなこと言ったら好きな人が悲むのがわかるから死ねない。しねないが楽にはなりたい

 

 

餅は餅屋

「餅は餅屋」に則ると「エーギョはエーギョっぽい人がやる」ことになる。そうするとエーギョの多様性は失われる。「エーギョの人ってこうだよね」という典型的な人が生き残って前時代的な組織になってしまうね。知らんけど

2年半そのエーギョっぽさを獲得すべく戦ってきたのだが、そろそろジョブチェンジしたいなと思い始めた。

何が嫌なのか。給与、休日、上司、先輩、お客様…1つ1つ取ってみるとむしろ心地よいように思える。ノルマだってやらなきゃ殺されるわけじゃないし…。何が嫌なんだ。何が嫌なんだっけ?

一度しかない人生なのに、よくもまぁ私に無理を強いるのね、世間様というものは。

 

 

わたしは幸せヤクザだ

「あなたは強欲だ」と言われた。「上司もいい人、職場も円満、お客さんも好き、休みも給料ももらえる、でもここじゃ嫌だ」と言ったら。

幸せは主観でしょ。私は上に上に行きたいだけなんだ。幸せに対して貪欲なんだ。力づくで幸せになりにいく。無理やりにでも。それが後で苦しみを生むとしてもかまわない。荘子に出てくる大きな魚と大きな鳥のように、上に上に🦅

 

 

 

 

"専門家"に出会う

それは本当に突然だった。人生初ひとりで参加した金融セミナーで、初めてファイナンシャルアドバイザーの人と話した。直感で、「わ、素敵な仕事だな。」と思った。

私はコンサルタントしたいのかな。頼られておしゃべりしたい。自分のことばっかだ。

同じ業界での転職は考えてなかったけど、お客さんと話すアドバイザーやサービスの人ならばアリかもしれないと思った。

アドバイザーの方にキャリアの悩みを話すと、冗談だろうけど「ぜひうちで働いてほしい」と言われた。冗談でもうれしかった。必要とされているということが。

 

…それが本気になったのだった。

 

資産計画の相談やイベントのお手伝いなどなんだかんだ毎週会い、話を聞いているうちに、お互い真剣に一緒に働きたいと思っていることがわかり、あっという間に転職先が決まった。(詳しくは後編で)

まだ職場の誰にも言えないことはくるしいけど、気持ちは晴れやかだ。ただただやめたいと思っていたとき、生きている心地がしなかった。思わぬところから光がさした。ピンチはチャンス。

周りに転職していない人の方が少ない、という環境も後押ししてくれた。ある人の「転職は逃げじゃない、攻めだ」という言葉を見て決心がついた。

 

直感が働くから、わたしはラッキーなんだと思う。「直感」「ラッキー」どこにも根拠はない。でもわたしが感じているわたしのことなんだから、それが一番の証拠だ。

 

去年は昇格することが優先順位1位だったから、"昇格したその先"を描くことをやめた。考えたら足が止まるから。足を止める暇がなかった。

今年度無事昇格し、強いモチベがなくなって急にぽかんとしてしまって、考える暇ができた。この仕事をこのままやるのかずっと考えていた。先輩の話を聞いて鼓舞されて、昇進する方に進もうかなと思っていた矢先の、出会いだった。ガッと肩掴まれて揺さぶられた。「おい!そっちじゃない!やりたいことはこっちだ!」

やりたいことは今の仕事では叶えられないことで、誤魔化し続けてきたから、なおさらビックリした。「場所を変えればよかったんだ」

 

わたしは世界を変えたかったんだ。わたしなら変えられると思って頑張った。正攻法でガムシャラにやって、得られた結果はただ流れにのまれただけ。地位を得たら価値観が変えられるかなと思ったけど、世界はあまりにも広く、また狭かった。

 

納得しないと動けないから、自分を納得させるのは簡単。だから理不尽な申し付けをされても、飲み込み消化できる。胃腸は荒れるけど。そうやって無理やり飲んできたことが、急にせり上がってきて吐かされた、そんな感じ。「やっぱりちがうんだ、飲み込まなくてもよかったんだ」とほっとして泣きそうになった。

 

なんの涙なん

課長(いまの直属の上司)に、「年度末で辞めさせて頂きたいです」と伝えた。ほんとうは11月の締め切り後に言うつもりが、締め切り前にちょうどよく人事面談があったので、言ってしまった。

緊張しすぎて、ほろりほろりと泣きながら話すことになった。

「三月まであと4ヶ月あるし、気が変わるかもしれないよ」と言われた。

 

その後その話題が出たことは一回もなし。(2人っきりになってないし)無かったことにされている気がして、年末ぎりぎりにもう一度、「退職の意向が固まったのでもう一度お話させてください」と言った。年始に話し合いがもたれるだろう。

翻って新しい職場との交流は着々と進んでいる。取引先の方やお客さんにも一部ご挨拶ができた。また、たくさん初めてのことをするんだろうな。同じことをするのでも、やらされてやるのと、やりたくてやるのとではぜんぜん違う。私は変わり続けたい。

 

進捗はまたブログに書こうと思う。